スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
社会正義ィ?
阪急電鉄には「携帯電話オフ車両」というのがあって、僕はこれをよく利用する。通常の車両よりも空いていることが多いからだ。ところがこの車両においても平気で携帯やスマートフォンを操作し、あまつさえ通話するやつも稀にいる。非常に不愉快である。よほど注意してやろうかとも思うが、どう声を掛けるべきか逡巡するうちにいつも目的地に着いてしまう。

 ところでなぜ不愉快になるのだろう。僕は阪急電鉄の関係者ではない。ペースメーカーを使っているわけでもない。彼らが携帯で話そうがメールをしようが、特にそれで迷惑を被るわけではない。もしも注意したとして「オッサン、関係ないやろ」と返されれば、実にその通りで何の関係もない。にも関わらずハラは立つ。せめてオニーサンと呼んでくれ。いや、そーゆーことではなくて。

 少し話が変わるが、携帯オフ車両を設けるなら、逆に「通話おっけー車両」も是非導入してほしいと常々思っている。仕事によっては所構わず電話を取らねばならない人もいるだろうからだ(そういえば以前、公衆トイレに入ったら、背後の個室から『・・・了解しました』という声が聞こえた。なにもウ○コしながら仕事せんでも)。そのかわりオフ車両の方ではもっと厳しく取り締まる、と。多少は毅然とした所があってもいい。

 つまりこれは、阪急電鉄が決めたルールがあるのに、それに背いている者が腹立たしいということだろう。しかし、こちらの気分が平和なときは少々のことでハラは立たない。勝手なものだ。ハラが立つときには「社会正義」なんて便利な言葉を引っ張り出してみたりもするが、根っこの部分ではそんな立派なものではない。僕はおそらく、怒らねばならないから怒るのではなく、ただの気分で自分が怒りたいから怒るのだ。そしてそういう自分に気づいたとき、非常にイヤな気分になる。

 駅前に不法駐輪が絶えない。駐輪場が近くにあるにも拘わらず多くの人がテキトーに置いて行く。歩きにくく迷惑である。急いでいるときには「ええい、なぎ倒してくれようか」と思うこともある。……と思っていたら、本当になぎ倒して歩くオッチャンを見た。まるで大魔神である。ガシャコンガシャコンと、行く手を阻む迷惑自転車を踏みつぶしながら歩いてゆく。僕には彼の考えが手に取るようにわかる。
「そんなもん、こんなとこに停めとる方が悪いんやろ!な!?そやろ?ワシ、何か間違うてるか!?」

 ……不法駐輪は確かに「悪」だが、「だから倒して歩く」のは正しくもなんともない。見苦しいという点では不法駐輪とどっこいどっこいである。彼もまた、怒るべきだから怒っているのではない。ただ怒りたくて怒っているに過ぎない。

 そして彼は僕自身の鏡である。僕だっていつこのオッチャン大魔神化するかわからない。いや、実際になぎ倒して歩かないだけで、内面には同じものがあるに違いない。恐ろしいことである。
 
 人は必要だから怒るのではなく、ただ怒りたくて怒る。
 イライラも募りやすい夏、できるだけ心穏やかに過ごしたいものだ。

 
(尚、阪急電鉄の「携帯電話オフ車両」は、イタチごっこに嫌気が差したのか、つい先日廃止になってしまった。ペースメーカーに悪影響が云々ってのはどーなったのだ、ありゃあただの建て前だったのか?ペースメーカーの使用者は切り捨てられたのか?……などと思っていたら、それぞれの機器の性能が上がったことで、以前とは電磁波に関する基準値が変わってきたそうな。もはやスマホごときの電磁波で影響を受けはしないらしい。ふむ、それならよかったけどね。)



未分類 | 20:52:39
今頃スケジュール帳作ってみた
スケジュールを管理するのに、カレンダーや手帳、スマートフォン、PCといくつかの選択肢があるが、おおよそ紙かデジタルの2派に分かれることになるだろう。これだけスマートフォンが普及してデジタルの機動性が上がっても、依然「紙派」は根強い。

かくいう僕も紙派で、一度ならずスマホdeシュシュシュッというのをやってはみたが続かず、紙の手帳に戻ってしまった。といって紙に満足しているわけではなく、どのフォーマットを使っても何かしら不満が残った。市販のスケジュール帳はカバーのデザインには色々と工夫を凝らしてあるものの、中身の方は意外にバリエーションが少なく、これはと思うようなものには滅多にお目にかかれない。

カレンダー型の月間フォーマットはひと月を見渡せて一番好きなのだが、いかんせんスペースが狭く、大統領のように分刻みのスケジュールをこなすワタクシの場合、書ききれなくなってくる。いやいやいや、それほどでも。
そこで週間のページも併用するわけだが、ここで問題なのは月間と週間とが常に完全に一致していないとマズいということである。過去に、月間には書いてあるのに週間に転記し忘れており、すわっダブルブッキング!という事が何度かあった。これはコワい。

両者が一致しているか常に気にしながら使うのは結構なストレスである。忙しい時ほど間違いがあっては困るが、そんな時に限って転記ミスも起こりやすい。
これを何とか解消できぬものかと折に触れて考えていたが、天は求める者を助く。ある朝ドアを開けると素晴らしいアイデアが微笑みながらそこに立っているではないか。
それが写真のようなフォーマットである。

写真 2014-03-15 1 33 17
写真 2014-03-15 1 34 10
写真 2014-03-15 1 34 27


写真を見れば一目瞭然だが、バーチカル式という、手帳によくあるフォーマットを少しずらして並べただけのものである。この方式だと一日に対して書く欄がひとつしかない。転記のし忘れという煩わしい問題が解消されることになる。

一見カレンダーだが、各週は別の紙になっていて、チョイとめくればその日の細かな時間割がわかる。スマートフォンなどのスケジュールアプリでやっていることを紙の上で実現したわけである。

写真の仕様では、B5のルーズリーフに縦線を引き、一週間を区切ってある。カレンダー部分のひとマスは縦18〜19ミリ。これはおよそルーズリーフの穴二つ分で、これより広く取るとその下にある1日の時間軸が狭くなってしまう。市販のルーズリーフ用紙ではなく、適当な紙に自分で穴をあけるならこの辺はもう少し融通がきく。この写真の後、カール事務器の「グリッサー」なる道具を使ってやってみたが、この方が収まりがよかった。A5サイズでもいけるかも知れない。

当たり前だが各ページの裏面は白紙であるので、各種記録なりTO DOリストなり自由に使える。1日1ページタイプのダイアリーには及ばないが、ひと言日記くらいなら十分だろう。月末に近い週は少しスペースが狭くなるけれど。

今ひとつ素晴らしいのは(と自分で言うのもナニですが)自分で簡単に作れるということである。なにしろコピー機にルーズリーフ用紙を仕込んでテキトーにコピーするだけである。日付を書く手間はあるが、それくらいは頑張りましょう。
どこかのページが破れたりしても簡単に作り直せる。ルーズリーフのバインダーが嵩張るというのであれば、リング部分だけという商品もあるし、ステイプラか何かで綴じてしまうことだってできる。正に理想のスケジュール帳ではあるまいか!!

せっかくなのでこのフォーマットに名前をつけようと考えてみたが、適当なものを思いつけない。ポイントは用紙をズラしている点にあるから、

「ズラ式」

というのが真っ先に浮かんだが、カッコ悪いことこの上ない。却下だ却下。
バーチカル式の応用なので「ネオ・バーチカル式」というのはどうだろうか?これなら何となくありがたみがあるが、略してネオバチなどと呼ばれるとどっかの団体と勘違いされそうだ。紙をズラしてカレンダー風にしているから「シフト・カレンダー式」、見た目が魚のウロコのように重なって見えるから「ギョギョギョ式」・・・どれも決め手に欠けるな・・・。名前についてはまたおいおい考えよう。

 ともあれ、既存のフォーマットに満足できないという人に一度使ってみてほしいと思う。売ってないけど。自分で作るんだけど。

 ナニ?ポケットに入らない?

 あんたもワガママやな!



未分類 | 02:06:36
涙の理由
彼女は泣いていた。

今にもしゃくりあげそうな表情で、目を赤くし乍ら手紙の文字を追っていた。
真っ昼間の電車内である。もちろん人目もある。にも拘らず、彼女は泣いていた。
余程悲しいことがあったのか、唇を固く結ぶようにして手紙を読んでいるところを見ると、失恋でもしたのだろうか。彼からの別れの手紙を読み進むうちに泣けてきたのかも知れない。

「今までの、君の全てに感謝している。ありがとう。さようなら」
・・・とか何とか、きっとネボケたことが書いてあるに違いない。どんな文面かは知る由もないが、誰の人生にもドラマのような瞬間があるものだ。
「そんな男のことはもう忘れてしまえよ。・・・僕じゃだめかい?」
女性が泣いていれば、事情はともかくそう慰めてあげたくなるのは僕だけではあるまい。
周りの乗客も彼女の方を見て見ぬフリをしている。こんな時にじろじろと顔を見るのは不躾というものだろう。・・・でも、気になるな。
そう思って、そっと彼女の方を盗み見た僕の目に、あってはならない光景が飛び込んできた。

彼女がアクビをしている。カバの如き大アクビである。虫歯治療のあとが目に眩しい。その偉大なる口を閉じると、ほどなく彼女は居眠りを始めた。

ナニナニナニ!?そんなアホな!!失恋したんとちゃうんかい泣いとったんとちゃうんかいドラマのようなワンシーンやったんとちゃうんかいエエ夢見たってや〜〜〜。

電車の中でフネを漕ぐたぁ、ふてぇ女である。
勝手にドラマティックな展開を作り上げていた僕の幻想は、木ッ端微塵に打ち砕かれた。彼女が読んでいたのはプリントアウトした会社の書類であり、折しも2月半ば、彼女は少し早めの花粉症患者であっただけなのだ。現実はかくもキビしい。

駅のホームからガラス越しに見た彼女の頭は、まだ傾いていた。

未分類 | 01:22:33
絵日記
 ある休日、文房具店を徘徊する。
使ってみたいノートやペンのあれこれを(結局買いはしないのだけれど)手にとってみる。罫線のない真っ白な、或いはクリーム色がかった紙面は素晴らしいアイディアを秘めているように思える。例えばそれは、いつか釣り上げる筈のまだ見ぬ大物が潜む、閑かな湖面のようにも見える。

 何も書かれていない頁を繰りながら、ふと絵日記をつけてみようかなどと考える。いつもの日記に簡単な挿し絵が入ったら素敵ではないだろうか━━━。それはホンの3~4日、もしかしたらたった1日しか書かれないかも知れない。

 たった1頁だけに描かれた、絵日記。

 それはそのまま忘れられ、何年か経ってから、例えば年末の大掃除やどこかへ引っ越すときなどに、ふと目に留まるのだろう。━━━ああ、そういえばこの時絵日記をつけようと気まぐれを起こしたのだったな━━━。頁は閉じられ、或いはそのまま処分する本の間に挟まれるだろう。続かなかったそれは何も生まず、何も残さない。

 だが、一度は絵日記をつけようとした、その事は紛れもない事実だ。「無駄」ではあったかも知れないけれど、少なくとも嘘ではない。


未分類 | 22:03:56
オルゴール
 昔からオルゴールが好きになれない。「嫌いだ」と素直に言えないのは、音色や見た目そのものを嫌いなわけではないからだ。駆動部が外から見えるタイプならば、シリンダーの回転や、それにつれて金属の弁が弾かれる様を眺めていると、巧く出来ているなぁと感心する。パソコンなどの高度な機械は、その仕組みを想像することすらできないが、オルゴールくらいなら頑張れば自分で作れそうにも思えてくる。誠に平和なカラクリである。
 では一体オルゴールのどこが「好きになれない」のかというと、あの「ありよう」である。
 キリキリとネジを巻いて‥‥という機構上致し方のないことではあるが、はじめは元気一杯に奏でられていた曲が、段々にゼンマイが弛んでいって、曲の終わったところでならまだしも、ついには完結しないまま「ふつっ‥‥」と止まる。そして沈黙。あのありようが何ともやるせない。何かこう、志半ばにして倒れるような、そういった「無念感」とでも言うべき寂しさがつきまとう。
 書店や雑貨店に行くとオルゴールのCDを見かけることがあるが、あれはきちんと曲が完結するのだろうか?よりオルゴールとしてのリアリティを追求するのであれば、曲のテンポが徐々に弛み「がんばれ!もうひと声!」というところで憐れ力尽きたように止まるべきだが、そんなメンドウなことをするだろうか。謎である。

 そう考えてみると、あの「ふつっ‥‥」と曲が止まって訪れる、何とも言えず物悲しい沈黙こそがオルゴールをオルゴールたらしめているのであって、きちんと曲が完結したりすると、それはただのオルゴールもどきで、オルゴールの一番「オイシイ」部分を放棄していると言えるのかも知れない。しかし正にその部分が、僕がオルゴールを好きになれない理由である。

 もし力尽きたように止まった後で再び甦って動き始めるオルゴールがあれば、僕は涙を流して喜ぶだろう。死んだと思われたヒーローが実は生きていた、というのに等しい感動がそこにはあるに違いない。

 ‥‥‥気色悪いか、そんなん。

未分類 | 23:04:27
前のページ 次のページ

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。