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造成地
(原文は1996~7年頃のものです。2004年加筆したものを今頃載せてみる。)


 防波堤を登りきると、目の前に広がるのは以前のような海ではなかった。何かの建設予定地だろうか、かつてはそこで唐突に終わっていたはずの陸地が広くなり、はるか遠くに海が見える。

 重く垂れ籠めた空。何かをせき立てるように吹く風の音だけがきこえる。控えめに表現しても、心楽しい情景とはいえないだろう。9月だというのに半袖の腕が少し冷たい。

 ふと、 このまま何も建たなければよいのに、と思う。茫漠たるその風景はどこか非現実的ですらある。
 何も建たなければここは空き地のままだ。莫大な予算と高度な技術を注ぎ込んだ、負の遺産として永遠に残るのだ。先の大震災では、機能しなくなったビル群が、あたかも巨大な墓標のように見えたが、ここにはその墓標すら見あたらない。

 そんなことを思うと、少し寂しくなる。と同時に何故かはわからないが、自分の中の何かが激しく揺さぶられるのを感じる。ワクワク、ざわざわ、どれも微妙に違う。はっきりしているのは、自分自身、この感覚を嫌いではないということだ。
 青々と繁る木々もそれなりに素敵だが、忘れられたように立ちつくす枯れ木の方に、より心惹かれてしまうのは子供の頃からである。
 暗い、と人は言うだろう。自分でもそう思うが、別に恥じることでもない。

 小説や映画でも人気があるのはハッピーエンドばかりではない。むしろその逆ではないかとも思う。概ね「外向的で快活な人」が好まれる生活の中で、人は皆、普段は抑えている自分の中の「寂なるもの」を、ときには確認したいのかも知れない。
 


未分類 | 01:08:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
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