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ヒトとモノとロボットと
 僕はどうも自分の理想とは違って湿度の高い人間で、持ち物に対して感情移入をすることがままある。鞄や衣類、果ては鉛筆などの小物にいたるまで、例えばそれを捨てようとしたとき、それらを手に入れたときの「想い出」が脳裡をよぎり、捨てるのをためらってしまったりする。こういうことではただでさえ狭い家が片づかぬ。最近はそういう思い入れをなるべく抑えて、いらないものは捨てることを心掛けてはいるが、それでもゴミ捨て場から去るときに「さよなら・・・」と小さな声が背中越しに聞こえることがある。困ったものだ。

 かつてソニーから「AIBO」というイヌ型ロボットが発売されたとき、これが「ペット」として好評だと聞いて、初めは、ふん、所詮オモチャではないかと鼻で笑ったものだが、すぐに思い直した。考えてみれば、動かない持ち物への愛着も甚だしい僕が、もしこんなモノを持ったら実に面倒なことになるに違いない。なにせ「飼い主」の言うことをある程度理解し、自ら感情を表現するというではないか。可愛く思わないわけがない。「万物に魂宿る」というが、例えば、もしも「死ん」だりしたら、どう処理すればいいのだろう。火葬するわけにもいかず、そのまま埋めるのも問題だし、ましてや、あらゴミに出してしまうなんてことは、とても出来そうにない。動かなくなった「彼」(或いは彼女)を前に悲しみにくれる、なんてのはまっぴらだ。

 何年か前に東大の研究チームが「自力で飛び起きるロボット」というのを開発した、との話を聞いたが、近頃はついに「楽器を演奏するロボット」や「ロボット同士によるサッカー大会」なんてものまでが現れた。いつの日か、本当にドラえもんやアトムを家族の一員に迎える日が来るのかも知れない。それはそれで面倒が増えそうな気もするが、夢のある話ではある。

 工業や科学技術、産業は過去「戦争」をきっかけにして大きく発展を遂げた。人間は「他人に危害を加える」ことに一番アタマが働くということだろうか。ロボット産業はそういう発展の仕方はしてほしくないと心から思う。

 ロボットが「兵器」として育たないことを祈りつつ詠める

 ケンカもし 肩をたたいて笑い合う 機械じかけの友達いつか




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