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遠い日の会話
 「一度ご一緒しませんか?」
 朝は早いですが。Tさんはそう言って微笑った。楽器や音楽の話が、いつの間にやら海や魚の話になっていた。2度目に海に出る頃には本やら何やらで、知識だけは一杯になってますよ。私も理屈から入る方でして。Tさんがそう言葉を続けた傍で、Oさんはひょこひょこと頷いていた。二人とも黒々とした口ひげをたくわえ、釣りかゴルフか、よく日焼けした顔に眼鏡をかけていた。

 結局、彼らの釣りに同行することは一度もなく、今となっては何故あの時釣りに興味を持ったのかさえ思い出せない。もし一度でも行っていたなら、きっと良い思い出というやつがひとつ増えていただろう。といって、行かずに終わったことを特に悔やんでいるのでもない。そんな会話をしたシーンが何かの拍子にふと思い出されるだけの話だ。
 彼らと海釣りに行く機会は永遠に失われてしまった。二人とも早くに亡くなったからだ。彼らとの日々の中に、釣りに出掛けた一日が確かにあったようにも感じる。ラインの結び方を手ほどきしてもらっている自分、借り受けた竿を慣れぬ手つきで立てている自分、そんな場面があたかも過去に存在したかのように想像される。或いはそんな夢を見た夜があったのかも知れない。

 3人で交わした会話を覚えているのはもう自分ひとりだ。やがてそこでの会話は永遠に失われる。現実にあったことも、なかったことも。そうして月日が流れてゆく。

 夏の日射し。なにげない日常のワンシーン。
 今日ここでの会話はここにしか存在しない、などとふと思う。
 それがどんなにささいな会話であったとしても。

未分類 | 14:07:28

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