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システム
 少し疲れ気味のアタマで、地上30階の高所から眼下を眺めている。
 よく出来たジオラマのようにも見える、妙に現実感のない街並。JRの駅に隣接する、巨大カメラ店(とはいっても、売り物はカメラ以外のものの方がはるかに多い)の前の道路は、以前は真っ直ぐだったはずだが、何の都合でか、ぐるっと不自然に迂回する形に変わっている。毎日、何千何万という人間が行き来する駅周辺の工事というのは、そこいらの道路をちょいと掘り返す、というのとはワケが違うだろう。今までの流れをせき止め、新たな流れを暫定的に用意し、それでいて列車やバスはいつもの通り滞りなく運行せねばならない。
 駅前のロータリーをバスが行く。複雑なスクランブル交差点を、他の車にぶつかることなく殆ど奇跡的にすり抜けてどこかへと走り去る。列車が入ってくる。ほどなくしてこれまた僥倖のようにホームを後にする。当たり前のように大量の人々がホームに、バスの停留所に、舗道に溢れている。その一人ひとりに、それぞれの家族や仕事や人生観や他人に言えない過去や知的財産権や喜びや偏頭痛や虫歯があるのだと思うと、なんだかめまいがする。
 そしてそれら全てを、傾きはじめた太陽が力なく照らしだしている。

 ふと「システム」という単語が頭に浮かぶ。良いとか悪いとかではない、便利とか不便というのも違う、ただ運行される「システム」。人間の身体と同じだ。流れるタクシー、バスやその他の車は、以前何かの映像で見た、血管を流れる赤血球や白血球そのものではないか。そこで車同士がぶつかれば、流れが滞って多くの人が迷惑を被る。イライラした人々によって副次的なトラブルにつながる恐れもある。そういった「風邪」をひかぬよう、この街を構成する各人が非常に微妙なバランスの上に立って行動している。
 いったい、この複雑怪奇かつ精妙な「システム」は何を目的としているのだろう。ごく単純に考えるなら、人々が快適に移動し、そこでなすべきあらゆる活動を円滑に運ぶためだろう。だが「なんのために?」という問いを繰り返していくと、やがて「なんのためでもない」という所に行き着く気がする。決して虚無的に言うのではなく、突き詰めて考えていくと最終的には「目的はない」というのが真実ではあるまいか。人はただ生き、街はただ存在する。そこには理由も目的もない。

 こういうと、なにか世の中をナナメから見ている拗ね者のように聞こえるかも知れないが、そうではない。同じ時間を過ごすなら、理由も目的もないからこそ充実させるべくもがいた方がいいのではないか。それが仮に錯覚であったとしても。

 さて時間がきた。ぼくはまた小さな箱に乗り込み、もがくための材料を探しにあの「システム」の中へ降りてゆくとしよう。次にここへ来た時、もう少し街が明るく見えたなら言う事はない。

未分類 | 03:21:16

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