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ご趣味の話
 自己紹介などの折りに「趣味」について聞かれたり、書いたりすることがある。こういうときに「ハイ、趣味はスノボです」だの「スキューバダイビングです」だの、じゃあシーズンオフは一体何をしておるのか、と突っ込みたいのは山々ではあるが、すぱっと答えられる人は大変に羨ましい。ぼくはといえば「えー・・・まぁ・・・読書?・・・むにゃむにゃ・・・」と誠に歯切れが悪い。快活に「ハイ、読書です!」でいいのだろうが、今どき、本は読みません、音楽も聴きません、という人もなかなかいないだろうから、「趣味は読書」とだけ答えるのも「ホントは他にもあるのだけれど、ま、ここはテキトーにお茶を濁して・・・」と何か気取って出し惜しみをしているようで、なんとなく落ち着かない。

 今、手元の辞書で試みに「趣味」というのを引いてみる。「1、おもむき/2、好み/3、楽しみとしてする物事」(新修広辞典・集英社)とある。ふむ、なるほど。ここでいう「趣味」とは最後の「楽しみとしてする物事」であろう。寝るのが趣味、食べるのが趣味、仕事が趣味、という人もいるが、これらはみな生活する上で必要不可欠なものだ。趣味というのは、例えば、盆栽、サイクリング、古美術の蒐集など、「無くても生きていける」ものである、という固定観念が、無意識のうちにぼくの中で出来ていたような気がする。
 そこで、はた目にはどう見えようが、本人が楽しんでいればそれでよいという観点で、日頃自分が何を楽しみとしているのかを、ここで虚心坦懐、振り返ってみる。

 ぼくは、他人が使っているボールペンやシャープペンなどを見たときに、どこのメーカーの何というモデルかというのが(ゼブラとぺんてるを間違えてしまう、というようなことが時々あるにせよ)大抵の場合わかる。特に努力してそんなものを覚えた記憶はないのに、だ。
 100円かそこらのペンに、さほど違いはなかろうと思う向きも多いだろうが、なかなかどうして、それぞれに違う特色を持っている。例えば、ぺんてるの「ハイブリッド・テクニカ」という商品があるが、100円ボールペンの中ではこれが滅法よい。外国産のパーカー、ラミーなどのインクにもなかなか見当たらない、しっとりとした発色の良いゲルインキは、乾くと耐水・耐光性に優れる。先端はニードルポイントになっていて、特に0.35ミリのものは相当に細かい字も書ける。万年筆だと裏写りするような紙にも概ね問題なく書け、がたつきを抑えたノック感もなかなか良い。これほど素晴らしいペンなのに、なぜか扱っている店はあまり多くない。数少ない問題点のひとつは、「0.35ミリ」と書いたシールがなかなかきれいに剥がれてくれないことだろうか。店頭では某社のハ○テ○クCに押されているが、ぜひ頑張ってほしい。

 ・・・と、こういったマニアックな「100円ボールペン評」を持っているというのは、これは立派な文具マニアではないかと、あるとき忽然と気づいた。100円ボールペンなぞ「書けたらええやないか、書けたら」と人は言うだろう。ぼくだって基本的にはそう思う。書く内容には何も違いは無いのだから。にもかかわらず、我知らずの内にマイフェイバリット文具を探し求めている。これは明らかに趣味の領域だ。

 ぼくが注目するのは「趣味の深さ」とは別にある。つまり、これまで無自覚であったものを、はっきりと「これが趣味ですねん」と自覚することによって、楽しみが広がる、というところだ。その人の性格によっては、深さを追求するあまり、かえってストレスが溜まる、などということもあるが、それによって生活に潤いを与えたいというなら、身近なところに目を向けてみるのも良いかも知れない。普段、必要だからしている、使っている、改めてそれについて考えたこともないものの中に、案外と奥深い趣味の森が広がっているかも知れないからだ。

 最近、大きな文具店などではこの時期、4月始まりの手帳が売り出される。これらをウキウキと見て回り、気に入ったものをいくつか買い求める。年末に買ったものを既に使っているし、最終的に使うのは一冊だけなのだから、使わないものを何冊も買い込んでいることになる。能率、必要度という観点から見ると、実際、無駄遣いも甚だしい。周りの者に言われて、ぼくも少なからず罪悪感をひきずっていたのだが、今年は違う。何故に何冊も買うのだ?と問う人に対して、ぼくは落ち着いてこう答えるのだ。

「ええ、趣味ですから。あなたもどうです?」

 同好の士にはしばらく出会えそうもないな。しかし。

 

 
 

未分類 | 00:29:50

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