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空を飛ぶ
 ぼくはしばしば空を飛ぶ。もちろん夢の中での話だ。
 ものの本によると、夢の中で空を飛ぶときに、高く飛ぶ人ほど幼児性が強いという。ぼくは割にびゅんびゅん飛ぶ方だが、とりたてて幼児性が強いとは思わないでちゅ。

 かつては何か一つ条件があることが多かった。例えば腕を下に伸ばし、手のひらを地面に向け(おお、あの懐かしい「ヒゲダンス」のポーズ)そのまま身体を「く」の字に折った、ペンギンがお辞儀をしているような格好で、しかも後ろ向きにしか飛べない、とか、目と口を限界まで大きく開け、手と脚を力一杯広げた「尻尾を踏みつけられた獅子舞」のような状態でしか飛べないなど、なにしろ格好の悪いことこの上ない。夢判断に詳しい人が見れば、こういうのも何かの願望だとか、抑圧された自己だとかを表しているのかも知れないが、そんなのは知ったことではない。多少ブザマではあるが、気楽にびゅんびゅん飛んでいた。

 空を飛ぶ上でもっとも肝要なのは、「本当は飛べないという事実を忘れる」ことである。順調に滑空しているときに「そういえば、何故飛べるのだろう」などとゆめゆめ考えるべきではない。そういうことを思った途端にみるみる失速する。落ちている最中に「そのことについて考えない」というのは実際、至難であるが、夢といえど見ている本人にとっては紛れもない現実だから、こちらも必死である。脳のある部分に力を入れ、耳の後ろの筋肉でもって全身を引っ張り上げつつ「飛んでる自分」を強くイメージすると、(と言っても覚醒時にはぼく自身よくわからないが)地面が近づき、あわや激突というところで、ぐぅぅーんと持ち直したりする。こういうことを一晩中続けて(実際には夢を見ている時間というのはほんの一瞬だというが)いると、これはかなり疲れる。しかし一方で、自分自身の力で飛んでいるのだという充実感もあって、なかなか「見応え」のある夢ではある。
 近頃はこの「条件」というのが減って、ウルトラマンのように普通に(というのも妙だけど)とにかく「飛べないことを忘れ」さえすれば、みゅぃぃーんと宙に浮かぶようになった。嬉しい限りである。

 誰の言葉か忘れたが「勝っている試合であれこれ悩むな」というのがあった。調子よくびゅーんと飛べているときには、何も考えずに飛んでいればよいのだ。
 せめて夢の中ぐらいは。



未分類 | 02:45:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
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