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S君のナイフ
 随分と久しぶりに包丁を研いだ。我が家では包丁を研ぐのは僕の役目である。
砥石を水に浸し、大小2本を研ぐと、いらぬ力が入っているのだろう、親指の付け根が痛くなってしまった。

 砥石を使っているといつも思い出すことがある。「S君のナイフ」だ。
 当時僕は中学のおそらく一年生であったと思うが、ボーイスカウトに入っており(ロープワーク、手旗信号、飯盒炊爨・・・色々習ったが何一つ覚えていない。何をやっていたのだ、ワタシは)S君は僕の一年下、通う学校は違ったが同じ釜のメシを食う仲間だった。彼の兄貴は上級班長という、各団に一人しかいない役目を勤める優秀な人で、父親はボーイスカウト隊の副長を勤める、となれば、どうしたって特別扱いされていい気になりそうなものだが、記憶の限りではS君にそういうところはなく、クリスマス会では身体が小さいのを買われて「お姫様」の役をやったり(女装というものを生まれて初めて見た)後輩の面倒をよく見る、なかなかのナイスガイだった。
 
 階級(というのかな)が進むと、キャンプの際に使う寝袋が、毛布を使った手製のものから(重い割に暖かくない)市販の、いわゆるシュラフ(軽くて暖かい)に格上げされ、キャンプサイトにおいてはナイフの携帯を許可される。

 ぼくはこのナイフそのものが持つ魅力に取り憑かれ、一時は乏しい小遣いをやりくりしては大小さまざまなナイフを買い集めた。所詮子供の小遣いで買える程度だから、さほど高額なものはないが、ドイツ軍の制式だという大型ナイフなどをキャンプサイトに持ち込んではひとり悦に入っていたものだ。

 ある日、どういう状況下であったか忘れてしまったが、S君のナイフを見る機会があった。どちらかというと鞘(シース)付きの、大型のものを皆が持ちたがる中で、級が上がったばかりのS君のそれは、副長であり警察に勤務する父親から贈られたという、折りたたみ式のごく小さなものであった。
 既に何度か研いだことがあるらしく、決して上手とは言えない研ぎ跡が鈍く輝く刃に見てとれた。その有り様は、殆ど使いもせず、まだ自分で研いだことすらない、後生大事に身につけているだけの僕の大きなナイフなどより、はるかに「道具」であった。「立派なナイフだねぇ。でも、何に使うの?」と、その小さなナイフが嗤っているような気がした。
 
 時が過ぎ、音楽を始めた僕は、やがてボーイスカウトも辞めてしまった。時間をかけて集めたナイフ達は、一本、また一本と後輩や友達にもらわれてゆき、僕の手元にはごく小さな、かつての僕なら見向きもしなかったような折りたたみ式のナイフ、特に意識したわけではないが「S君のナイフ」に似た一本だけが残った。

 
 S君はその後、高校生になったある晴れた日、自転車ごと車にはねられて亡くなった。葬式に参列した僕は、線香の匂いを嗅ぎながら、そういえばあのナイフはどうしたろうとぼんやり考えた。

 慣れぬ手で懸命に砥石を使う彼を想像してみる。その手にあった、もう開かれることのないであろう刃の輝きを遠く思い出す。



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未分類 | 01:33:18

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