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悪夢
 世の中は果てしなく複雑で、かつ冷淡である。ある能力を持たざる者にとっては、画鋲を敷き詰めたマジックミラーの迷宮を逆立ちで進むが如き苦難の道を、神は其処ここに用意している。何のことを言おうとしているのか?このロクでもないパソコンの事を言っているのだ。
 ぼくは人も知る機械オンチで、パソコンはいくつかのホームページを閲覧することと、あとはせいぜいメールの送受信くらいしか使っていない。このかしこいハコさんの、おそらくはごくごく一部の能力しか使っていないのだろうが、特にそれ以外の機能を使いこなそうというような野望は持たずに来ている。それで今のところ充分に便利なのだ。ぼくは「いつもの作業」を「彼」に求め、彼はこれに忠実に応えてきた。何がしかの文章をホームページ上に書き込む。もらったメールに返信する。特にトラブルもなく、我々の関係はごく平穏かつ良好なものだった。

 ある所に、過去の仕事についてのデータを、メールに添付して送らねばならなくなった。そういうデータを(パソコン上に)用意していたわけではないので、過去の手帳やノートをひっくり返しての、かなり面倒な作業になる。先方の送ってきたフォーマットに沿って、ぼくは時間をかけ、わかる限りのデータを丁寧に入力した。もちろんこまめにセーブ、セーブしつつである。
 作業も大詰め、終わりが見えてきたあたりのことだ。ハナシも見えたきたかも知れないが、まぁ黙って読みなされい。
 ふと、パソコンが何かを考え込んだ。おい、どうした?・・・沈黙。ぽんっ。
 瞬時にして、ぼくの時間と努力を満載したデータの画面が消えた。メッセージが出る。曰く「タイプナントカのエラーが起きました。アプリケーションは予期せぬ理由で終了しました」

 ・・・・・・・・・・む?

 なななななんだなんだおいまさかまさかきえたとかいわんでくれよたのむからいわんでくれよないちゃうよおれぁまさかほんとにほんとにきえたの?マジで?ははははははは。

 人は信じたくない事態が持ち上がったとき、まず笑うものなのだろうか。人様に助けを求め、あちこちをいじり、最後はパソコンにとりすがって泣きまでしたが、データが復活することは二度となかった。人みな寝静まった冬の夜空に、ぼくの笑い声が空虚に響く。

 無慈悲なるパソコンの神の声が天からきこえた。「試練じゃ」

 てめ、このやろう。降りてこんかい。殴る。



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未分類 | 02:40:27
ご趣味の話
 自己紹介などの折りに「趣味」について聞かれたり、書いたりすることがある。こういうときに「ハイ、趣味はスノボです」だの「スキューバダイビングです」だの、じゃあシーズンオフは一体何をしておるのか、と突っ込みたいのは山々ではあるが、すぱっと答えられる人は大変に羨ましい。ぼくはといえば「えー・・・まぁ・・・読書?・・・むにゃむにゃ・・・」と誠に歯切れが悪い。快活に「ハイ、読書です!」でいいのだろうが、今どき、本は読みません、音楽も聴きません、という人もなかなかいないだろうから、「趣味は読書」とだけ答えるのも「ホントは他にもあるのだけれど、ま、ここはテキトーにお茶を濁して・・・」と何か気取って出し惜しみをしているようで、なんとなく落ち着かない。

 今、手元の辞書で試みに「趣味」というのを引いてみる。「1、おもむき/2、好み/3、楽しみとしてする物事」(新修広辞典・集英社)とある。ふむ、なるほど。ここでいう「趣味」とは最後の「楽しみとしてする物事」であろう。寝るのが趣味、食べるのが趣味、仕事が趣味、という人もいるが、これらはみな生活する上で必要不可欠なものだ。趣味というのは、例えば、盆栽、サイクリング、古美術の蒐集など、「無くても生きていける」ものである、という固定観念が、無意識のうちにぼくの中で出来ていたような気がする。
 そこで、はた目にはどう見えようが、本人が楽しんでいればそれでよいという観点で、日頃自分が何を楽しみとしているのかを、ここで虚心坦懐、振り返ってみる。

 ぼくは、他人が使っているボールペンやシャープペンなどを見たときに、どこのメーカーの何というモデルかというのが(ゼブラとぺんてるを間違えてしまう、というようなことが時々あるにせよ)大抵の場合わかる。特に努力してそんなものを覚えた記憶はないのに、だ。
 100円かそこらのペンに、さほど違いはなかろうと思う向きも多いだろうが、なかなかどうして、それぞれに違う特色を持っている。例えば、ぺんてるの「ハイブリッド・テクニカ」という商品があるが、100円ボールペンの中ではこれが滅法よい。外国産のパーカー、ラミーなどのインクにもなかなか見当たらない、しっとりとした発色の良いゲルインキは、乾くと耐水・耐光性に優れる。先端はニードルポイントになっていて、特に0.35ミリのものは相当に細かい字も書ける。万年筆だと裏写りするような紙にも概ね問題なく書け、がたつきを抑えたノック感もなかなか良い。これほど素晴らしいペンなのに、なぜか扱っている店はあまり多くない。数少ない問題点のひとつは、「0.35ミリ」と書いたシールがなかなかきれいに剥がれてくれないことだろうか。店頭では某社のハ○テ○クCに押されているが、ぜひ頑張ってほしい。

 ・・・と、こういったマニアックな「100円ボールペン評」を持っているというのは、これは立派な文具マニアではないかと、あるとき忽然と気づいた。100円ボールペンなぞ「書けたらええやないか、書けたら」と人は言うだろう。ぼくだって基本的にはそう思う。書く内容には何も違いは無いのだから。にもかかわらず、我知らずの内にマイフェイバリット文具を探し求めている。これは明らかに趣味の領域だ。

 ぼくが注目するのは「趣味の深さ」とは別にある。つまり、これまで無自覚であったものを、はっきりと「これが趣味ですねん」と自覚することによって、楽しみが広がる、というところだ。その人の性格によっては、深さを追求するあまり、かえってストレスが溜まる、などということもあるが、それによって生活に潤いを与えたいというなら、身近なところに目を向けてみるのも良いかも知れない。普段、必要だからしている、使っている、改めてそれについて考えたこともないものの中に、案外と奥深い趣味の森が広がっているかも知れないからだ。

 最近、大きな文具店などではこの時期、4月始まりの手帳が売り出される。これらをウキウキと見て回り、気に入ったものをいくつか買い求める。年末に買ったものを既に使っているし、最終的に使うのは一冊だけなのだから、使わないものを何冊も買い込んでいることになる。能率、必要度という観点から見ると、実際、無駄遣いも甚だしい。周りの者に言われて、ぼくも少なからず罪悪感をひきずっていたのだが、今年は違う。何故に何冊も買うのだ?と問う人に対して、ぼくは落ち着いてこう答えるのだ。

「ええ、趣味ですから。あなたもどうです?」

 同好の士にはしばらく出会えそうもないな。しかし。

 

 
 

未分類 | 00:29:50
肝ヲ試ス
 高校生の頃、同級生に「金持ち」がいた。当然親のものではあるけれど、「別荘」というものを持っている人間に初めて出会った。
 ある夏の日、同級生何人かと、かなり山奥に建てられたその別荘へ、泊まりに行こうということになった。
 男女高校生、人里離れた山奥、夏の夜、保護者ナシとくれば、ふっふっふ、することはひとつしかない。「肝試し」である。他にもありそうな気もするが、ここでは触れない。健全にいきたい。
 さて、男女がひと組になり、コースを決め、指定された場所に品物を置いて戻ってくる。次のペアはそれを取りにいく、というだけのものだが、それだけでは面白くない。やはりキモを試すからには「おばけ」が不可欠であろうというので、ぼくがオバケ役を買って出ることにした。
 
 自身がオバケであるのだから、何も怖いモノはないようなものだが、それでも「カモ」が来るまで夜の山で待つのはさほど楽しい行為ではない。真偽のほどは知らないが、ここ「六甲山」の名の由来は、戦国時代の武将の首が今も山中に「六つ」埋まっているから、だというではないか。そういうところで人知れず、いや、みんな知ってはいるのだが、暗闇にうずくまっていて、気持ちのいいわけがない。
 とは言うものの(どないやねん)他人を驚かすというのは誠に楽しいもので、武将のボーレーなどものの数ではない。「カモ」が通る道を見下ろせるように、斜面を少しよじ登ると、適当な茂みを見つけてぼくはうずくまった。手には巧妙な仕掛けを施したヒモ(どのように巧妙かは本筋に関係ないので触れない。それはそれはコーミョーなんだから)を持つ。

 待つことしばし。突然、ぼくの背後で「むっすぅぅんん」という奇妙な音がした。びっくりして思わず立ち上がりかけたが、なにしろ斜面の途中である。あやうく転げ落ちそうになりつつ振り返る。目が合った。
 --------------イノシシ、であった。デカい。先の奇妙な音はこやつの鼻息らしい。身動きひとつせずにそこに居続ける方もどうかと思うが、ぼくは目が慣れていないせいもあって、ひと休みしていたコイツの、文字通り目と鼻の先にしゃがみ込んだのだ。
 「ぶご」とヤツが言い、今度こそ僕は転げ落ちた。折しもペアでやってきた仲間が通りかかり、茂みから転がり出てきたぼくに驚き「ぎゃあああ」と叫んだ。ぼくは「いのいのいのいのしししし」と彼らに訴えたが、はるかに力強い彼らの叫び声に掻き消された。イノシシは騒がしさに嫌気がさしたか、のそのそと何処かへ消えていった。

 あなおそろしや。よく「猪突猛進」などというが、あれは全くのウソである。イノシシというものは、あれでなかなか小回りがきくということを僕は知っている(昔追いかけられたことがある)。そのことを彼らに訴えたが、とりあってもらえず、恐怖感の去った彼らの明るい笑い声が、夜の六甲山にこだました。

 いや、笑ろうてる場合やない。アブないねんから、ほんまに。

未分類 | 12:49:08

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