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切れたろか2
切れたろか続編。

 かつて学生の頃、単身アメリカはラス・ヴェガスに友人を訪ねたときのこと。それは僕にとって初めての海外旅行だった。中継地点のロサンジェルス空港で、ハンバーガーショップに入った。
 初めての海外、初めて「ドル」でする買い物。しかも連れはいない。期待と不安の中、ショウケースの前に立つ。
「ど・・・Do you have a fishburger?」
「・・・・ハハン?」
「えー、・・・I want fishburger.・・・その・・フィッシュバーガーください」
「・・・・・・・・・・Chicken?」
「いや、あの、フィッシュ・・・」
 ハンバーガーショップのひょうきんな帽子とエプロンをつけたそのおっさんは、あいにく陽気なアメリカ人などではなく、どちらかというと「アラビアの仁王」のような顔をしていた。彼は大きな目で僕をギョロリと見下ろし再び言った。
「・・・Chicken?」
「・・・・・イエス・・・」
 睨まれた。怖かった。僕は美味くも何ともない座布団のようなチキンバーガーをほおばり乍ら、敗北の味を噛みしめた。おのれ仁王め。生涯忘れまい。


 日本国内で。
 新しいパソコンを買おうと、友人に付き合ってもらってショップ内をうろついていた。
 デモンストレーション用の最新機種が目にとまった。ご自由にお試し下さいというやつだろう、常時接続になっている。メモリーだってシコタマ積んでいる。
 最新機種の快適さを体験しようと、Be in のホームページを開いた途端にこれがフリーズした。画面上では、我々の笑顔が凍りついている。その前でぼくも凍りつく。こうなると、もはや「最新式のただの箱」でしかない。
 何故だ。ただ普通にホームページを見ようとしただけなのに。機械類を狂わせる有害な電波か何かがワタシから出ているのであろうか。実に不愉快である。


 ある年のクリスマス、2日続けて同じ会場に歌いに行った。本番前に出された食事の最中、料理の中に「料理ならざるもの」を発見した。人間の髪の毛であった。
 一旦頭皮から離脱した毛髪というものは、その生々しさのせいか、一種独特の「不潔感」が漂う。
 しかしこのとき、ぼくは慌てず騒がず、ついと毛髪を取り除いて、食事を続けた。まぁ、人間のすることだもの、そんなこともあるさ、と。こんなことは人間ができていなければ言えない。仏である。大人物である。我ながらその心の広さに感心する。

 次の日、同じ時間に食事が出た。さ、今日もメシ食って、本番頑張ろう。健全なカラダに健全な食欲。ひと口食べて、ぼくは目を剥いた。

―――――――――毛髪。それは毛髪。

 昨日と違う料理、昨日と違う皿、昨日と違う給仕さん。ああそれなのに。健康そうなキューティクルが皿の中でピンと自己主張しているではないか。なんたることだ。

 ワシ、嫌われてるんやろか。ふと真剣に考えてしまう。

 それにしてもなんという確率。何人かで入ったレストランでぼくが頼んだ「カレーライス」が他の定食よりなにより遅かったことも数知れない。思い込みではなく、何人もの証言もある。書店でふと手に取った一冊が落丁本であったりする。そういうのを「呼ぶ」体質としか言いようがない。ろくでもないものを引き当てる体質の割には、今のところ無事に生きているのを神に感謝すべきなのかも知れない。
 しかし、それにしても。
 

おい、神さま、なんとかならんかな。

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未分類 | 01:08:33
忘れない
 一向に寒くならないなと去年の秋頃には思っていたが、年が明けてからはなかなかに冬らしい日々が続いている。殊にこの数日は身を切るような寒さだ。
 そして今年も1月17日がやってきた。1995年、この時期の「神戸」はまた格別に寒かったように思う。幸いにして崩壊を免れた商店からもあらゆる物資は買い占められ、或いは盗み出され(あれほど何も置いてないコンビニというものを初めて見た)震災当日にはあちこちで警報装置のブザーが鳴り続け、街はガス漏れの臭いがし、公衆電話には長蛇の列ができた。

 「神戸在住」(木村紺/講談社)という漫画がある。非常に淡泊な線で、主人公と周りの人々の日常が誠に丹念に描かれている。絵はあっさりしているが、よくもまぁこんなに他人のことを見てるよなと思うほど、エピソードは細かい。
 この中に震災を扱った巻がある。ある男性を中心にして彼の体験した震災がリアルに描かれている。避難所での生活、他人とのトラブルや、ささやかな親切に触れたこと・・・。ページを繰る度にあの冬の寒さが思い出される。

 震災に限らず、あらゆる記憶がいつか風化することは、おそらく避けられないだろう。それは仕方のないことだ。しかし可能な限り風化させまいとして、人のハナシもろくすっぽ聞きゃあしない子供たちに震災を語るのは、無駄ではないと信じたい。「震災の体験が無いため、どう教えていいかわからない」という教師が増えているという記事を読んだ。体験していないことを語るのは確かに勇気がいることだが「体験していないから語れない」と言ってしまっては、戦争も震災も水害も、あらゆることは歴史から抹消されてしまう。記憶はなくとも「記録」に思いを馳せるということが大切ではないだろうか。

 天災は、人災と違って「二度と繰り返さないように」とは言えない。それは我々の思惑と何の関係もなく、ある日突然起こる。1995年1月17日のこの時刻には、誰もがいつもと同じ夜明けを信じていたはずだ。起こってしまったそれを「風化させてはならない」というのは、我々にはそれしかできないからだ。生き残った人間が死んだ人間にできること、それは「忘れない」という一点だけではなかろうか。
 


未分類 | 02:01:12
切れたろか
 もう随分と前の話。
 結婚式だったと思うが、某有名ホテルで演奏した。ホテルなどでは黒タキシードで臨むのが通例で、僕もこの日黒タキシードであった。
 休憩時間に上着を脱ぎ、手洗いに立った。自宅の僕の部屋が楽に2つは並びそうな広さの絨毯を踏んで化粧室に行く途中、向こうから偉そうな人(態度が、ではない。おそらく責任ある立場にあるであろう人)がやって来るのが見えた。目が合った瞬間、彼は僕をまっすぐに指差すと、こう言い放った。

「おい、上着着とけよ」

 叱られた。チューイされた。縁もゆかりもない人に。・・・・プッチーン。
「あいや待たれい私はこのホテルの者ではない仕事で来ているのであるよって貴君に左様な注意を受ける筋ではない云々」
と言おうとしたが、実際に僕の発した言葉は「・・・あ・・・」であった。誠に悔しい。

 また別の日。
 やはりタキシードで別の某有名ホテルにいた。先日のような不愉快な事態を避けるため、上着だってきちんと着ている。控え室を出たところで見知らぬ年配のご婦人に声を掛けられた。

「あ、トイレどこ?」

 プッチィイーン。「あ」じゃねぇ、この野郎、トイレだ?俺の知ったことか。・・・そうノドまで出掛かったけれど、ちゃんと応対しましたよ。「あ、突き当たり右奥でございます」って。突き当たってしまえと暗~く思いながら。
 それにしても、着ても脱いでもホテルマンに間違えられる。なんということだ。


 またある日、知人と二人でファミレスに入った。夜中の0時を回った頃だったが、店内は割に混み合っている。随分と待たされた後、ようやくチャーハンが運ばれてきた。

「お待たせしました。チャーハ・・・ガハッ・・ゲヘッ・・ゴホッ・・ンでございます」

 バイトの兄ちゃんは思いっきりセキを振りかけて、そのまま行ってしまうではないか。
こらこらこら、そんなトッピングは頼んでいない。驚きのあまり、しばらくは口もきけなかった。知人も動きが止まっている。・・・・プッツゥウゥンン。
 さすがにこれは取り替えてもらおうと、マネージャーらしき人を呼んだ。事情を告げると彼は恐縮して皿をさげてくれた後、あっという間に新しいのを持ってきてくれた。実に素早い対応だった。先ほどさんざん待たされたのがウソのようだ。まるで引っ込めたものを、またそのまま持ってきたかのような早さであった。・・・・うーむ、新しいのがくるまで、初めの皿は手元に置いておくべきだったのだ。疑問を抱いたまま食べた。まずかった。


 思い起こせば、このような「切れたろか的状況」は他にもあった。このコーナー初の「続き」ものである。

未分類 | 00:28:10
空を飛ぶ
 ぼくはしばしば空を飛ぶ。もちろん夢の中での話だ。
 ものの本によると、夢の中で空を飛ぶときに、高く飛ぶ人ほど幼児性が強いという。ぼくは割にびゅんびゅん飛ぶ方だが、とりたてて幼児性が強いとは思わないでちゅ。

 かつては何か一つ条件があることが多かった。例えば腕を下に伸ばし、手のひらを地面に向け(おお、あの懐かしい「ヒゲダンス」のポーズ)そのまま身体を「く」の字に折った、ペンギンがお辞儀をしているような格好で、しかも後ろ向きにしか飛べない、とか、目と口を限界まで大きく開け、手と脚を力一杯広げた「尻尾を踏みつけられた獅子舞」のような状態でしか飛べないなど、なにしろ格好の悪いことこの上ない。夢判断に詳しい人が見れば、こういうのも何かの願望だとか、抑圧された自己だとかを表しているのかも知れないが、そんなのは知ったことではない。多少ブザマではあるが、気楽にびゅんびゅん飛んでいた。

 空を飛ぶ上でもっとも肝要なのは、「本当は飛べないという事実を忘れる」ことである。順調に滑空しているときに「そういえば、何故飛べるのだろう」などとゆめゆめ考えるべきではない。そういうことを思った途端にみるみる失速する。落ちている最中に「そのことについて考えない」というのは実際、至難であるが、夢といえど見ている本人にとっては紛れもない現実だから、こちらも必死である。脳のある部分に力を入れ、耳の後ろの筋肉でもって全身を引っ張り上げつつ「飛んでる自分」を強くイメージすると、(と言っても覚醒時にはぼく自身よくわからないが)地面が近づき、あわや激突というところで、ぐぅぅーんと持ち直したりする。こういうことを一晩中続けて(実際には夢を見ている時間というのはほんの一瞬だというが)いると、これはかなり疲れる。しかし一方で、自分自身の力で飛んでいるのだという充実感もあって、なかなか「見応え」のある夢ではある。
 近頃はこの「条件」というのが減って、ウルトラマンのように普通に(というのも妙だけど)とにかく「飛べないことを忘れ」さえすれば、みゅぃぃーんと宙に浮かぶようになった。嬉しい限りである。

 誰の言葉か忘れたが「勝っている試合であれこれ悩むな」というのがあった。調子よくびゅーんと飛べているときには、何も考えずに飛んでいればよいのだ。
 せめて夢の中ぐらいは。



未分類 | 02:45:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
廃墟の中に
 先日書店で「廃墟」ばかりを撮影した、写真集のような、一種のガイドブックのような、一風変わった本を見かけた。そういうものに興味を示す人が他にもいると知って、妙に感心したが、朽ちかけた建造物には僕も非常に興味を引かれる。住宅の広告で「呼吸する家」などとよく言われるが、人の住まなくなった建物は呼吸を止めてしまうのか、またたくまに荒れてゆくものらしい。

・・・・・静寂だけが支配する部屋、色褪せたカーペット、ところどころが破れたソファー、もう主を映すことのない鏡、遮断された外界から差し込む、無機質に明るい陽光、その光の中で音もなく降り積もってゆく埃と「終わってしまった」時間の泡沫・・・・・

 個人的には、その文化的価値とは無関係に、いわゆる「日本家屋」は、いかに荒れ果てようと廃墟とは呼びがたい。僕の中でこれらは「廃屋」である。「廃墟」とは、日本のものに限って象徴的にいうなら、例えば「昭和」の、それも比較的近い時代の匂いが残っているものでなければならない。それが鉄筋コンクリート造りならなお良い。
 それはつまり、過去に自分が住んだ家との共通項を「廃墟」に求めるということだ。これなくしては「ああ、古いね、荒れてるね」ということに終始してしまい、それ以上の精神的活動は行われない。日本家屋に住んだ経験はないのだから当然かも知れない。
 僕にとって意味があるのは、その共通項によって、廃墟の中に、自分が置いてきた何かを見出そうとすることだ。写真集のページを見つめ、確かにそこにいた人々の記憶の残滓のようなものを感じとろうとする。確実に存在したにも関わらず、もう確かめる術すら残っていない人を、モノを、出来事を、記憶の彼方から呼び戻してそこに重ねてみる。そこには、今、ここにはない、何か大切なものが潜んでいるような気がする。その一方で、所詮それらは「閉じられた本」なのだと改めて思う。開いて眺めてみたところで、何がどうなるものでもない。

 僕は写真集を閉じ、書店を出て、通りに目をやる。明日になれば、あったことかどうかも判然としない「今この時」が確かにそこにある。しかし、それを手にとって確認することは実は誰にも出来ないのだ。

未分類 | 01:39:13 | トラックバック(0) | コメント(0)

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