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謎のメモ
 手帳やノートブックに何ごとかを書きつけている人を見ると、非常に興味をひかれる。
 もともと文房具の類が好きだというのも手伝って、何とはなしに好感を持ってしまう。
 そんな風に「書く人」に注意を払っていると、実際、色んな人がいるものだ。

 先日、東京は山手線での出来事。
 やや混み合った車内で僕はドア近くに立ち、窓の外を見るともなしに眺めていた。ふと、目の前に座っていた中年男性が、思い出したように財布から二つ折りにした小さな紙片を取りだした。8×5センチほどの紙片には罫線はなく、おそらく何かのチラシを裁断したものだろう、それは文字通りの「紙っきれ」であった。
 男性はこの紙っきれを財布と重ねるようにして左手で持ち、ボールペンを取り出すと紙片の左端ほぼ中央に一カ所だけ「ちみっ」と、何か印のようなものを付けた。それは文字というにはあまりにも小さく、大きさでいうなら1ミリないしは2ミリ弱のものだった。
 彼はそのまま紙片を元通りに二つ折りにし、大事そうに財布にしまいこんだと思うと、同じような、今度は先ほどのものよりやや小振りの紙片を取りだし、これもまた同じように「ちみっっ」と一カ所だけ、今度は紙のほぼ中央に印を入れた。
 僕は非常に興味を引かれ、失礼だとは思うが、何とか記した内容を読み取ろうと試みたが、それは無駄だった。印(文字?)があまりにも小さ過ぎるのだ。おそらく彼の両隣に座っている人でさえ、判読するのは困難であったろう。
 彼は同じような行為をそのまま3~4回続け、最後にやや長めの、これは明らかに文章の体裁を持つものを記した。内容は相変わらず分からないが、揺れる電車の中で、それはまるでワープロで打ったかのような整然たる文字列だった。罫線も何もないチラシの切れっ端によどみなく記していく所を見ると、相当手慣れた作業に違いない。
 やがて彼は、元通り紙片を財布に収め、それをスーツの内ポケットに仕舞い込んで、何事もなかったかのように視線を前に向けた。

 僕は気になって仕方がなかった。が、見も知らぬ他人に「何を書いていたのですか?」と聞くのも憚られる。不審に思われることこの上ない。
 列車が新宿に着いた。余程もうしばらく乗っていようかとも思ったが、そうもいかない。後ろ髪を抜けそうなほど引かれる思いで列車を降り、振り向く。
 さっきと寸分違わぬ姿勢で彼が座っている。やがて扉が閉まると列車は夕闇の中へと消えていった。

 あれは一体何だったのだろう?彼は驚くべき技術(と呼んでいいと思う)で何を書いていたのだろう?はじめの2~3枚に記されたものにはどんな意味があったのだろう?それはチェックリストですらなかったのだ。僕は列車を降りてしまってから、大いに悔やんだ。たとえ不審に思われようが、やはり僕は尋ねるべきであったのだ。「随分細かいですね。何を書いているのですか?」と。

 彼の文字の大きさを再現してみたが、0.3ミリという極細のペンを使っても「漢字」を書くのは難しい。数字か、仮名か、記号か。最後の一枚について、最も近い体裁を備えているものは、披露宴会場などで各席に置いてあるコース料理のメニューである。あれの極小版を想像してもらうと近いかも知れない。ふと何かの「計算」をしていたのではないか、とも思ったが、やはりどうも違う。それにはじめの2~3枚については、全く想像の埒外だ。さっぱりわからない。謎は深まるばかりである。

 この件に関して仮説のある方、あるいはもしかして「それ、僕や」という方がいたら、ぜひとも掲示板にでも書き込んでいただきたい。いまだに気になって気になって--------------夜はぐうぐう寝ている。



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未分類 | 01:08:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
真夜中のサイレン
 真夜中にサイレンの音がきこえた。消防車ともパトカーとも違う、初めて聴く音だ。

 街は寝静まっている。いやに明るい月の光が、歩く人もない通りを照らし出す。
 細く、かすかに、それでいて妙にくっきりとしたその音は、どこか中世の不吉な伝説を思わせる響きを持っていた。

 ------------- ぼろを身に纏った男が、杖をつきながら角笛を吹いて回る。

「ぶおー、ぶおー、悪魔が来るよ。うちに入って窓にはカギをかけるんだ。じきに悪魔が来るよ」

 家々を回り終えた、かつての墓守はしかし、自分が逃げる時間を計算に入れてはいなかった。
 やがて夜が-------- 長い夜が-------- 明けたとき、人々は町はずれに、血に染まったぼろと、もう使えなくなった角笛をみつけることになる------------- 


 真夜中のサイレンは事実だ。それを聴いて上のようなイメージが湧いてしまった。ところであれは何だったのだろう。ここに住んだのはそう最近のことではないが、あんな音を聴いたのは初めてのことだ。誰が何の目的で ---------- 何と言っても真夜中である ---------鳴らしたのだろう。いや、そもそもどこからきこえてきたのか?

 全ては謎のままである。そして真相にはあえて触れない方がいいような気がする。「よくわからない現象」というのは結構大切なものだ。


未分類 | 00:54:58 | トラックバック(0) | コメント(0)
茶レンジャー
 先日の奇妙な体験。

 その日、所用で大阪に向かった僕は、ある家族連れと同じ電車に乗り合わせた。体格
のいい健康そうな妻と、これもまた丸々と太った元気そうな息子を連れた、やせて胃の
悪そうな男性、という組み合わせだった。

 駅を出て書店に入った僕は、店内でもう一度この男性と出会ったのだが、周りに妻子
の姿がない。ここまでは特に変わったことはない。よくある話だ。妻子とは別行動なの
だろう。なぜ彼のことをよく覚えていたかというと、彼が茶色いトレーナーと茶色い綿
パンという、上から下まで「まっ茶っ茶」の格好をしていたからである。あらゆるファ
ッションが渦巻く大阪梅田界隈においても、ここまで茶色いヤツぁそうはいない。僕は
心の中で彼を「茶レンジャー」と命名した。「茶レンジャー」は面白くもなさそうな顔
で店内を散策していたが、久しぶりの休日を彼なりに楽しんでいる風にも見えた。 

 僕が用を済ませ書店を出ようとすると、入れ違いにこの「茶レンジャー」が入ってきた。うん?・・・ついさっきそこで見かけたはずだが・・・。
 もちろん、電話を掛けに出ていて今しがた戻ってきたとか、妙なタイミングではあるが、そういうことはないではない。しかし、店内で彼を目撃した直後のことである。僕
の先回りをするにも時間的に無理があるし、そもそもそんなことをする意味がない。
 釈然としない思いで地下鉄に向かおうとした僕は我が目を疑った。目の前を若い女性
を連れた「茶レンジャー」が歩いているではないか!

 こんなことはありえない。彼とすれ違ったのはたった今のことなのだ。だいいち妻子
はどうした、妻子は。 驚いた僕はすぐさま書店にとって返した。店を出るときすれ違
った「茶レンジャー」をみつけようと思ったのだ。だって気になるではないか。

 だが、再び彼を発見することはできなかった。
 これはどういうことだろう?単なる見間違いか?勿論そう考えるのが最も妥当だろう。しかしあんなに「茶色い」ヤツがそんなにいるものだろうか?ぼくは割に他人の服装が
気になるタチである。だからこそ、彼の人相風体までが電車内で印象づけられたのだ。
 4人ともが別人ということはまずありえない。だとしたら結論は一つしかない。

 忍者だ。

 徳川政権の崩壊と共に歴史の闇に葬られたはずの忍者の末裔が、この大都会に生き残っていたのだ。細身で素早い身のこなし、周囲にとけ込む(浮いてたけど)茶色いコチューム、そして忘れちゃいけない、分身の術・・・。少年の頃、忍者に憧れたのは僕だけではないだろう。憧れの忍者とはイメージがちぃっとばかし違ってはいたが。

 現代にも忍者がいることに大いに満足した僕は、その日いつもよりも早く床に就いた。忍者の夢を見るために。


未分類 | 00:29:42 | トラックバック(0) | コメント(0)

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